黄澗郷校
韓国語名황간향교
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黄澗郷校は太祖3年(1394年)に村の裏山に建てられたが、顕宗7年(1666年)に土で築いた城内に移され、英祖28年(1752年)と高宗9年(1872年)に修理された。現在残っている建物は大成殿、明倫堂と庫直舎などの付属建物があり、前の方は学びの空間、後ろの方は祭祀空間を形成する前学後廟の配置形態に従っている。
明倫堂は学生たちが勉強していた講堂で、正面5間、側面2間の規模であり、屋根の側面が八の字の形をした華麗な入母屋屋根の建物である。大成殿は孔子をはじめ多くの聖賢を祀る祭祀空間で、正面3間、側面2間の規模であり、屋根の側面が人という字の形をした切妻屋根の建物である。また、礎石に蓮の花模様が刻まれていることから見て、寺院建築様式と亭子、住宅様式が折衷されたものと見られる。
朝鮮時代は国から支援を受けて学生たちを教えていたが、甲午改革(1894)以降は教育機能はなくなり、春と秋にわたって祭祀だけを行っている。ここに保管されている本は地方郷土史研究に貴重な資料となる。
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